H P タイトル : パールホワイトの閃光 ! ・・・パールホワイトとは、新幹線電車のボディーカラー。新幹線電車が目の前を
           一瞬にして走り去ってゆくその凄まじさは、まさに閃光そのものである。

ハンドルネーム : @ J 1  自称:新幹線愛好家 * このHN“@ J 1”は、JR-C社のS君が名付け親。

生 年 月 日 : 昭和36年**月**日

居  住  地 : 横浜市港北区・・・東急東横線沿線・・・新幹線の側!

移 住 履 歴 : 千葉県松戸市出身。幼年時代を川崎市幸区で過ごす。小学校入学を機会に千葉県松戸市に戻るが、
           小13学期〜小52学期前半まで父親の転勤の関係で静岡県湖西市(当時の浜名郡湖西町鷲津)で生活。
           その後、再び千葉県松戸市に戻る。そして、20歳の4月から横浜市港北区に移り、現在に至る。

家 族 構 成 : 妻1人 子2人 ・・・ TWINS-PAPA

幹 鉄 趣 味 : 撮影対象は東海道・山陽新幹線で、0.4秒の世界に命を懸ける!
           イベント列車に関しては撮るより乗る方が殆ど。

鉄     歴 : 生まれて初めて乗った特急が“信越白鳥”(上野〜直江津)

            鉄道には物心ついたころから興味を示した。それというのも代々国鉄一家の家系だった。だったとは、
           祖父の代までだから。父親はエレクトロニクス関係の仕事をしていた。当時、父親に連れられ江戸川橋梁
           や松戸電車区に行った記憶がある。

            幼稚園は川崎市幸区の“第二ひかり幼稚園”。5歳になったある日、
           「七五三のお祝いに何が欲しい・・・」
           と母は私に尋ねた。そうしたら、こう答えたそうだ。
           「思い出をつくりたい!」
           その思い出とは“夢の超特急”に乗ることでした。当時、園児の間では新幹線に乗ったと言うだけで
           スーパースターでした。
          
            小学校に入ると父親の転勤の関係で、静岡県湖西市鷲津(当時の浜名郡湖西町鷲津)に移り住む。
           結果、家族で父親の実家(松戸)に帰省するときなど新幹線に乗る機会が増える。そのうち夏休みは、母親
           の実家(当時の新潟県西頚城郡名立町)に帰省することが多く、小3の夏休み81日に再び“白鳥”に乗る
           (米原〜直江津)機会が訪れ、ヨンサントウからの国鉄特急の全盛期とも重なり次第に在来特急に興味を
           持ち始めるのである。特に581系“月光”が最も好きな列車だった。そしてこの当時、東海道新幹線と
           東海道本線との併走区間(高塚〜新居町)で、普通電車(80系)の車窓から見る8基のパンタをスパークさせ
           ながら抜き去って行く0系新幹線電車の姿は物凄く刺激的でした。
          
            小5の秋に再び父親の転勤で松戸に戻ることになった。この頃、日本の鉄道100年なども影響してか、
           毎週のようにカメラ片手に東京近郊を駆け回っていた。いわゆる“元祖カメラ小僧”“愛読書は時刻表”
           これがテッチャンへの第一歩である。
          
            ゴーマルサン“ひかりは西へ西へ” 山陽新幹線博多開業に伴い“月光”が姿を消す。このときは
           “憎き新幹線”だった。何故か時同じくしてマイカメラが壊れ、次第にテツから遠ざかって行きました。
           ここから長い長い休テツ時代・・・へ

            テッチャンへの車籍復帰は、17年間(主に音楽活動に精を出していた)の一休止をへて199251日、
           初めて301Aに乗車した日である。この日が、新幹線愛好家としての第1ページとなり、翌年3月のある日
           J 1にひとめ惚れ、その魅力に翻弄されてしまった。それ以来J 1を追いかける日々が始まったのだった。
           そして、誰よりもJ 1をこよなく愛した。

            本気で新幹線を撮ろうと思ったのは、1994101日に大丸東京店で新幹線30周年記念写真展を見て
           からだった。「10年後はこの写真を超えてみせる・・・」そう心に誓った。そして写真の基礎を学んだ。

            新幹線一筋の私だったが、思い出深い碓氷峠の廃線を知り一時期“峠に浮気”をしていました。この
           時、峠の御三家であるI氏、W氏に出会う。彼らとの出会いで、自分には新幹線が何よりも一番の存在
           だと改めて気がつき、本当の意味で新幹線撮影に没頭する。そして、WひかりひかりN99編成氏らと
           出会った(その後10年来のお付き合い)。200361Wひかり氏の支持でパールホワイトの閃光 ! を開設
           した。
          
            幼い頃あこがれた新幹線は、今では生活の一部、エネルギーの源です。J 1が廃車になった今日でも
           “夢の超特急”を撮り続けています。

撮 影 用 機 材 :     
     
     ボディー  ・Canon EOS-1V HS ・Canon EOS-3(PB-E2) ・Canon EOS-5(VG10&BP-5) ・Canon EOS-100

     レ ン ズ ・Canon EF400mm F2.8L IS USM ・Canon EF400mm F5.6L USM (2001年秋まで使用)    
                
          ・Canon EF17-35mm F2.8L USM ・Canon EF28-70mm F2.8L USM

          ・Canon EF70-200mm F2.8L USM ・Canon EX EF 1.4×U ・Canon EX EF 2×U

     スピードライト ・Canon 550EX ・Canon 540EZ

     三  脚 ・GITZO GT5561SGT + G1570M

          ・GITZO G1349 + SLIK 6065-4
          
          ・SLIK グランド マスター スポーツ

     一  脚 ・SLIK S-POLE U 7411

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