時計



小道具は、ファンタジー文学に生活のにおいを持ち込む役目を果たします。主人公の冒険や不思議な魔法が絵空事に見えないのは、小道具が物語をしっかりと現実の世界に結び付けているから。

けれども、小道具によっては、ただ本の片隅でじっとしているだけでなく、登場人物を思いっきり振り回したりもします。今回のテーマの「時計」も、その一つです。

なにしろ時計といったら、私たちにとっては、現実そのものです。仕事や学校や、食事の時間、テレビの録画や飛行機や新幹線の発車時刻。私たちは、いつも時計を気にして暮らしています。

だからでしょうか、ファンタジー文学の中でも、登場人物は時計に翻弄されます。そうでなかったのは、ただ一人あの女の子だけでした。


  「不思議の国のアリス」と「魔法のカクテル」と「モモ」

時計から物語が始まるのは、「不思議の国のアリス」です。うさぎが懐中時計を取り出して、あわてて穴に飛び込んだのを見て、アリスも穴の中に。ここから、不思議の国での、不思議なお話が始まるのです。

「魔法のカクテル」では、時刻が目次になっています。主人公は悪の手下。決められた時間までに、決められた役目を果たさないと、破滅することになっています。だから、あせって悪知恵をしぼるのですが、ジタバタすればするほど、困ったことに。

同じ作者エンデによる「モモ」は、時間に追われて焦る心から解放されて、静かな気持ちになれる本です。時をつかさどるマイスターホラの部屋には、たくさんの時計があって、人々に時間を送り出しています。

時間を効率的に使おうとして、かえってゆとりをなくしている私たちも、知らないうちに時間泥棒から時間を盗まれているのかもしれません。時どき「モモ」を読み返して、かけがえのない美しい時間を味わうことを思い出したいものです。



トップページ 書評 人気投票 人気投票結果発表 雑学辞典 コラム 挿絵募集のお知らせ diary 掲示板へ リンク