今回取り上げた小道具の笛は、ファンタジーの中では、危険を知らせ、助けを呼ぶのに使われています。どちらかと言えば生活の道具というより、緊急の時に使うために所持していることが多いようです。特別な用途のためでない笛でも、現実世界とファンタジー世界の不思議なつながりを象徴することもあります。

「ネシャン・サーガ」の第1作「ヨナタンと伝説の杖」(ラルフ・イーザウ)では、はじめ、イギリスの少年ジョナサンが持っていたのは、ありきたりの羊飼いの笛でした。でも、ある日その笛は、いつも夢に見るネシャン世界の少年ヨナタンの笛と入れ替わっていたのでした。ヨナタンは夢の登場人物であるだけでなく、ジョナサンの運命と直接にかかわることになりそうです。

「指輪物語」(J・R・R・トールキン)の勇士ボロミアの角笛は、危機を知らせるためのものでした。ついにその角笛が鳴り響いた時、遥かにはなれたボロミアの故郷でも弟の耳に届きました。角笛を聞いて駆けつけたアラルゴンは、ボロミアを救うことはできませんでしたが、ボロミアは借りを返すことができました。この時角笛は二つに割れてしまいました。ボロミアの比類なき勇気と高潔な心が、指輪の誘惑に負けた強すぎる野心と戦ったことを暗示しているようです。

「ナルニア国物語」の「カスピアン王子の角笛」(C・S・ルイス)では、角笛は別の世界にまで魔法の力を及ぼしました。イギリスの鉄道の駅から、ピーターたちをナルニアまで引き込んだのです。

笛の響きは、時間も場所も超えたところに私たちの心を誘います。あるいは、平和で安心しきっている時に、鋭い警告の響きを発して、私たちの心を引き締めます。

最後に、私がいつの日か聞いてみたい笛のこと。「たのしい川べ」(ケネス・グレーアム)の「あかつきのパン笛」の章を憶えていますか。迷子になったカワウソの坊やを探していたネズミとモグラは、パンの神が吹く笛で坊やのいる川の中の小島に誘われます。「苦しいほどのあこがれのきもち」を起こさせる笛の音は、しかし、日の出とともにパンの神のはからいによって忘れさせられてしまいます。でも、二人は、アシの間を吹く風を聞くと何かを思い出すのです。



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