ライラの冒険シリーズU フィリップ・ブルマン作 大久保 寛訳 新潮社 2000年 我々の世界の少年ウィルは、何かに怯えつづける母親を守るように暮らしていた。しかし、謎の男たちに襲われ、猫の後について飛び込んだ空間の切れ目から、別の世界に入り込んでしまう。人気のない街で出会った気の強い少女は、自由に姿を変え、その上話までする守護霊パンタライモンを伴っていた。それは、もう一つの別の世界からやって来たライラだった。 「黄金の羅針盤」に続く「ライラの冒険シリーズ」の第2作。前作のラストで受けた衝撃から、読者は心してこの作品を読み始めるはずだが、それでも作者から激しい揺さぶりをかけられて、本を閉じた後もいろいろ考え込んでしまうはずだ。私たちが自覚していないままに思い込んでいることを、作者は短剣で抉るように鋭く突きつけてくる。 狂気を帯びて集団で迫ってくるチッタ・ガーゼの子どもたちは、ファンタジーに登場する子どもは無垢な存在であるという私たちの思い込みを打ち砕く。コールター夫人の冷酷な行動は母親のイメージを、たくましい見守り手たちは、天使のイメージを、完膚なきまでに覆してしまう。 科学者の純粋な研究心から生まれた神秘の短剣は、平和だった世界に怪物を呼び込んでいた。ウィルとライラの味方になってくれる人たちは、助けを得ずに死んで行く。魔女も天使も、オーソリティと戦い、世界を始めから作り直そうとするアスリエル卿に加わろうと、飛んで行く。 しかし、神秘の短剣の守り手であるウィルは母親を助けるために、行方不明の父親を探すことしか頭にない。そして、真理計を読むことのできるライラは、ウィルを手伝うことだけを考えている。世界を動かそうとしている大人たちよりも、ただ1人を助けることしか考えていないウィルとライラのほうが揺るぎないように見える。 それなりに読み応えはあるのだが、すさまじいまでの存在感を持つ第1作「黄金の羅針盤」と完結編をつなぐ作品という印象は否めない。壮大なこの物語の中で、どちらの大義が正しいのか、この巻を最後まで読んでもわからないからだ。読者が本書の多すぎるほどの悲劇を納得して受け入れられるかどうかは、完結編の読了を待たなければならない。 |
トップページ | 書評 | 人気投票 | 人気投票結果発表 | 雑学辞典 | コラムトップ | 挿絵募集のお知らせ | diary | 掲示板へ | リンク | プロフィール |