J1撮影奮闘記1


J1に魅せられて・・・それから


■ J1を迎え撃つ!

J1との初めての出会いから丸4年が経った1997年。この頃になると、漸くJ1を迎え撃つことができるようになった。これは私にとって、大きな 収穫である。

1997年3月9日、この日 私は密蔵院Boで 岡運からやってくるJ1を待っていた。それというのも前夜 、神戸在住の友達から 2121AでJ1が岡山へ行った という一報が入ったからだ。つまりJ1は今日、岡運からやってくるのだ。そこで虎の巻を開き、岡運出庫のJ編成を抜粋すると、2102A,2104A, 2108Aの3本。何れも米Hである。この頃の米Hは東海米H、岡米H、 広米Hが存在していた。 今でもこの写真は、名刺に使用している。 そこで私は、まず2102Aに照準を合わせて密蔵院Boへと向かった。

現地到着10:05、2102Aはここを10:35に通過する。速やかにセッティングし、2102Aを待った。ところが、やって来たのはノーマルの 300系だった・・・次は、広米Hの82Aだから2104Aは2時間後の12:35。暫くは暇つぶしに他の車両を撮影していた。正午になると太陽光線は斜光に なっていた。なかなかいい感じだ。12:30カメラのセッティング状態をチエック! 置きピンよし!1/250sec f11 ISO200 画角よし!! 12:34多摩川Bの 左奥に標識灯の光が現れた。ファインダーを覗くとア然!またもやノーマルの300系、J1に何か車両不具合でも起きたのか!? 私自身そんな 錯覚に陥った。今日はダメかぁ・・・そう思い気落ちした状態で帰宅した。この時点では、2108Aのことなど頭の中には無かった。帰宅後は例に よってフテ寝!

ふと目が覚めた。1時間弱程度寝たのか?女房が入れてくれたコーヒーを口にすると、何故か再びJ1のことが気になり始めた。何となく 引っ掛かりもう一度虎の巻を開いてみた・・・
  「昨日が2121Aということは 、A20かぁ〜 順序からいくとA21かぁ・・・A21・・A21・A21はA121 の兄弟分運用かぁ〜、 今日は日曜だからA121だな。で、頭は・・・えっ、2108Aこっこれだっ!」
私はすぐに時計を見た。時計の針は14:10を指そうとしていた。今ならギリギリ間に合う。迷わず密蔵院Boへ猛ダッシュッ!

現地に着くや否やセティング開始!カメラを水平にしレンズフードを金網にへばり付けファインダーを覗くと、そこに左上部からJ1が現れた。 急いでレールに置きピンし再び水平確認すると先頭部はすでに多摩川Bを渡り切り頭を左に振っていた。露出など測っている余裕などない。左上部 からの斜光線が目に入った、ヨシ!これなら大丈夫だ。 J1が更に左から右に頭を振ったところで迷わずシャッターを切った。ウォ〜ッ・・・身体全体から熱いものが込上げてきた。これが撮影の醍醐味 なのか・・・私は、この瞬間を待っていたのだ。思わず心の中で叫んだ。
  Good Luck J 1 !

今思えば、一ヶ月前の1997年2月9日に浜松で大チョンボをやらかしていた。そのせいもあって、この日のカットは忘れられない一枚となった。

■ 浜松での大チョンボ

J1はこの日A6に充当されていた。また、 X1がA36ということもあり、浜名湖を中心に撮影することにした。 前夜に東京駅でT2をバルブし、その足で375Mに乗り込んだ。翌朝豊橋でリターンし、新居町で下車しての現地入り。午前中は第3浜名を 中心にX 1=33A,J 1=1205Aなどを撮影するが今ひとつ天気がスッキリしなかった。午後からは、晴れてきた。しかし、お目当て の列車が上りなので浜松U1#で逆光を狙った。冬季期間中の“浜松の夕ギラ”は有名である。ターゲットは勿論J 1=248Aだ。15:30を 回るといよいよショータイムのオープニングだ。バラスト、レール、ビームなどがギラリ始めた。そしてそれらは徐々にグラデーションが 深まり、黄金に輝く16時台へと突入・・・舞台は揃った。そしてこれからJ1の登場となるのである。時計の針は16:25を回った。暫く すると彼方から前照灯の光が現れた。ファインダーを覗く、前照灯の光は一旦左に消え、再び黄金に輝く鉄路に弧を描いて現れた。
  「えっ、ノーマルのJ・・・?J1車交?なんでぇ!」
そこには落胆した自分がいた。何も考えずにカメラを片付け始めた。すると通過列車の接近音。ふと顔を上げると、
  「うぉぉぉ〜っJ1!!」
J1は轟音と共に私の横を走り去っていった。満身創痍のこの私は、言葉を失った。そう、最初に来たのは248Aではなく1246Aだったのだ。 この時、はっきりいって自分自身が情けなかった。1246Aの浜松通過時刻は16:2815で、248Aは16:3145その 差3分30秒。前を走る米Hの存在と248A通過時刻をきちんと把握していなっかったことがこの大チョンボを招いた一番の原因だと反省した。 しかしこれを機に、今まで以上にJ1を撮ることに関して貪欲になったのでした。

〜つづく〜
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